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拝啓「お洒落なブロカント」様

言葉は日々変わっていくもので、
生まれては変化し、消え、意味を変化させながら残っていく。
本来の意味から外れてもなお幅を広げつつ残る言葉や、
一瞬だけしか使われない言葉もある。

私は言葉にはわりと固執していて、
まぁ詩が好きだったり、歌詞だったり、評論や批評だったり、
時には差別語に興味を持ち、図書館で調べたり
本で買えるものは買ったりして、
差別語ファイルを作って一人ほくそ笑んでいました。
だからなんだって話ですけど。

お洒落なブロカントに書かれていることは
ほとんど私が日常思っていることと大差はないし、
否定することは何もないかと思うんですけど、
ブロカントに参加させていただいた身としては
ブロカントと言う言葉を選択したことに対する否定的にとらえかねない文章には
一応何がしかの事はいっておかなければならないかなぁと考えます。

釈迦に説法ですけど、
このアベ先輩の文章は全てを分かっていて、含んだ上でかかれたことは
初めからわかっていました。
そういう人ですし、そこでの言葉にできない信頼感みたいな物があります。
ただそこで表出された文章がある以上
私の言葉を表したほうがいいかと思って書いています。

前半部分はまさにその通りで(五段目までです)
その後のリネンバックなどのくだりは
私は「雑誌」によるイメージ付けの弊害があるかと考えます。
お洒落な雑誌は次から次へと、新しい物、発見、店、言葉を生み出さねばならず
毎月同じ様なことを繰り返してるにもかかわらず、
大して新しい物を生み出せずにいるという悪循環に陥っているように見えます。
せめて言葉だけでもとあがいているようです。
社会がこれだけ成熟してくれば当然のことなのかもしれませんが
言葉いじりとしてのイメージの変化でしか表せなくなってきてるのではないか、
何かめんどくさいことは避けたい、考えたくない、すぐに答えを欲しがる消費者。
それに答えるために「売れる物、売りやすいもの」として
雑誌が単純化され、言葉によるイメージ付けに
翻弄されている状況があると思います。
あくまでも若者、30代をターゲットにしてる雑誌と言うことになりますが。
そうすると、今売られている雑誌の言葉が
そのお客さんの言葉であり、古いものに興味を持ち始めた新しい人々という幅になり
私どもにとってはありがたいということになるかもしれない。
混同するというのは始めに元知識がある人にとっての話と考えます。
最初からステーショナリーならそのイメージのままいけるってもんです。
といいつつあげられている、ステーショナリーやテラコッタやボウル、リネンバックと言う言葉は
特に目新しくもない、程ほど使い込まれてきた言葉だとは思います。
古臭い言葉に固執しシャビー?お洒落ですこと!と思いながらも
迎合していくことこそが変化でありつむいで行くと言う事なのかもしれません。


仙台に新しいイベントを立ち上げよう、
仙台にはこういうものがあるんだと
みんなに知ってもらいたい。こんな素敵な店があるんだということを
知ってもらいたいと「ブロカントギャルリーsendai」は始まりました。
みんな個人店で、私はこの火星の庭前野さんの言葉が好きですが、
「 小さなお店が元気な街は居心地がいいと勝手に思っている。
 自分のお店が長く続くためには自分のところだけを考えていても
よくならないという確信がある。」
そういう思いもあり立ち上がってきたと思います。
その思いをみんな共有してできたと思います。

そこでネーミングですが
イベントは名前ありきだと私は思っています。
「和骨董のある生活」や「ガラクタ古道具のある生活」では人は呼べません。
手垢にまみれすぎているし、何より貧乏くさい。
現実的にその言葉では自分達が盛り上がれないし、
自分達が盛り上がれないのに、お客様に楽しんでいただけるとは思えない。
何か新しい、新鮮な、そして全てを表せるものとして
「ブロカントギャルリーsendai]と言う言葉が立ち上がって来てくれました。
ただの目新しさや、流行ではないんです。
今後十年二十年やっていくうちに古びてきてしまうかもしれませんが
他にない言葉としての強度はあると思っています。

カタカナ好きや日本語の言葉の変化は
割に興味があって、福田恒存好きもあるからでしょうけど(保守だし)
いろいろ読んだり、調べたりしてるんですけど
ここではちょっと書ききれないし、めんどくさい話になるので
一応やめておきます。

「日本語にすると鈍重な言葉もカタカナ表記にすれば
軽やかで耳障りがよく、扱いやすいことは知っているし、やっている。
骨董業界に限らず、ほかの業界だってひどい和製英語はかなりある。
けれど、本来の意味とずれちゃったり
似たような商品だからと同じ土俵に上げる為だったり
イメージをあいまいにぼかす為の作為的な外国語カタカナ表記は
いかがなものかしらと思う今日この頃です。」

アベ先輩の最後の文章を引かせていただきましたが
ここが一番重要だと考えます。

「扱いやすいことは知っているし、やっている。」
この一行だけで「ああこの人は分かってるのに言っちゃうんだなぁ」と
親近感を覚えますが、
パタパタ下駄箱やゆらゆらガラスなどのように
一人前の大人が発するには恥ずかしい言葉も買いたい人に伝わる言葉と認識されたら
一気に全国的にヤフオク的に広まります。
そして「同じ土俵に上げる為だったり」と言うことが多々あるのも事実です。
シャビーだアイアンだなんていってもゴミはゴミです。
侵食された時間の経過に、そこに表された状態に敬意や芸術性を感じるのは勝手ですが、
ものの本質を誤らずに楽しんだり、評価できたりすることが重要だと思います。
フランスのゴミと日本のゴミは輸送料がかからないぶん日本の物が安いのは当然ですが
所詮ゴミはゴミと言うところを見誤ると、言葉にまどわされることが多くなりますよ、と。
なかなか身銭を払う人たちに「似てるから」と言うごまかしはきかないような気がしますが
2万円のものを、違うけど2千円で買えるのならば、自己納得の上で
違うと説明した上で楽しんでもらえるならそれはそれで
いいんじゃないのかなぁと思っています。
そして作為的なカタカナ語にまどわされるほど
みんな馬鹿じゃないし、勉強してるし、値段にも厳しいと思っています。
イメージを曖昧にぼかすことはそんなに簡単なことではないと思うし、
はたして言葉だけでいけるかどうかも疑わしいと思います。
作為的なのかどうかも考えれば(その言葉を使う人が意識的かどうか)
疑わしいし判断しにくい。

ある日突然分かりやすい単純な言葉が(ハイイメージな言葉が)独り歩きしはじめ、
「売りやすさ歩き」「買い易さ歩き」し始めた感があるような気がしますけれど。

とか何とか言いつつも、
その「物」がもつイメージよりもう少し高い良いイメージを作るのも、
古い物を扱う者の仕事の一つだと思います。
そこに悪意がなければの話なんですが、古くは李朝物や
柳宗悦の民芸などでしょうか。
発見などと大げさに構えなくても
日常的に提案していければ良いなぁと思ったりしています。

リストラと言う言葉の意味は「リストラクチュアリング」で
「建て直し」という意味だけれど短縮されて
人員整理の意味になり、解雇を意味する(と認識される)言葉になった。
会社を立て直す意味での方法如何を問われずに変化し認識されている。

言葉は変化し、その時代時代で認識や容貌を変えていく。
私はその変化に異を唱えたいと思っている者ではあるのですが
商売にかかわる事柄に関しては
弱気になったりしてるのかなぁと思ったりもするのも
また事実であることは否めません。

















日々これ好々爺にならんと、まだ早き朝に齢に

ゴットファーザーのDVDを画面から流しながら、
ちょっと昔の小谷野敦の「性と愛の日本語講座」を読みながら、
ビールを飲み、時々ギターを弾いたりしているという
日常にやっと戻ってきた感じはあったのですが、
どうも体調が思わしくないなぁ、疲れがたまってるからかなぁ、と
考えていたのは思い違いで、
体を動かすため、と、思って飲んでいた量が尋常じゃなく、
ただの飲みすぎで具合が悪かったという情けない結末。

話は突然変わり、
今後のイベントのこととかもあって
今までした事も無かった、全国の古道具屋検索をしてみたんですが、
こりゃびっくりしました。
ありますあります。粗製乱造。群雄割拠?

単純に落とし込むと、
古道具坂田氏に道を付けられた「私が選んだ洒落たアンティーク」
というのが今の主流か。国とか関係なく、錆び物鉄物とか。
でもそれってちゃんとした「純骨董的な物」を見る力があって
初めてできることだと思っていた私は、
自分のセンスに絶対的な自信をすぐに持ってしまうような
もろさや愚かしさが、目に、鼻につき、誰かの真似でもない程度のやり方は、
いかがなものかと勝手に思ったりもしたのですが、
やってる人達にそれなりの苦労も感じてしまうのもあって
「がんばって欲しいなぁ」と思うにとどまる。

今「新しい骨董」とか言われているジャンルがあって
矛盾したネーミングに「?」となってしまうんですけど
シャビーとかアイアンとか。もう古いのかな?
うちはあんまり需要を感じないので
振り回されることもないのですが、
楽しく思ってくれればいいなぁと思う反面、
もう少し先の楽しさ、多少の難しさを越えたところにある
「物」に向き合うピリピリするような興奮を
伝えられたらいいな、今後。時間があれば。せめて店に来た
若い人たちに。
回りくどい言い方は相変わらずですが。


お世話になっている先輩HOLIDAY'S,アベさんのブログが→HOLIDAY'Sの日々是休日
最近充実し始まったかと思ったら、またまた停滞気味ですが、
感じるところが(勝手に私がですが)近いと思うところが多く(店主アベさん名義のやつです)
かといって奥様のほのぼの日常も捨てがたいのですが、
ぜひお時間があり古いものに興味がある方は読んでいただきたいなぁ
と思います。
チョット前のタイトルに「お洒落なブロカント」というエントリーがあって、
まずは読んでいただきたいなぁと思いますが、
ブロカント開催中に、(これに関しての意見を書いてもいいですか?)と
アベ先輩に連絡までしておきながら
なかなか出来ずにいた文章です。
終わったしそろそろ出来たらいいなぁと思っております。
予備知識として読んでおいて頂ければと思います。

何も考えずに書き出したのにこの長さ。
良いんだか悪いんだか。





「繰り返しに耐えうるもの」Ⅱ

Ⅰでは音楽のことばかりになってしまったけれど、
なぜならば、音楽は繰り返されることを、前提に作られているものの
代表のような存在だからで、
しかも、もちろん、自分が入りとしては、語りやすかったからでもある。

その他のものも、繰り返されるものとして
もちろん作られているけれども、
音楽は、意図的に、3分や5分や何分かを、時間的に、
支配しよう、出来たらいいなと、狙って作られていて、しかも、
その時間を、何回も何回も過ごして欲しい、と
欲して、世に出されている。
(ライブアルバムにも、そのライブの空気感という、意図がある)

小説や映画はある程度、一回で面白くなければならない、
前提があることはある。
その中でも、歳を重ねてから読み直したり、見直すと、
気がつかなかったことに気がついて、深みを増すなんてこともあるし、
私などは、「切腹」という映画は50回は見ているし、
小説だって、読み直す作品は数多あるし、その他のジャンルなら、
本は、読み直すことにしか、価値が無いのではないかと思うほどだ。

そう言った音楽や本や映画などで「繰り返しに耐えうるもの」として
真っ先にあがるのが、古典であるのはあまり異議は無いと思う。

何十何百何千年も繰り返されてきたもの。

小説や映画が、繰り返される人間を描いている物ならば、
私が言っているのは、その人々の営為たる、「こと」ではなくて、
本質と思える「もの」である、一応念のため。
そして、人間は「もの」の「け「である。
何かを言っているようで、何も言っていない感じだが・・・

そして、じわじわ骨董に話はつながっていくのだが、
また別の機会に。












「繰り返しに耐えうるもの」Ⅰ

最初に断りを入れるのは、ずるいとは思いながら、
とりあえず、どうなるか分からないまま書いていくので、
読まれる諸兄は、あまり深く考えないように、たわごとです。

店ではインターネットラジオのJAZZをかけているのだけど、
もちろん最初は、自分の好きなアーティストのCDをかけていて、
「ふんふ♪らられ~」などと浮かれていて踊っている時もあったので、
はて?と思いながら、音楽は毒だと思って、
何かいい方法はないかと思ってみたのは、仕事に集中できないのが一番だけれど、
好きな人の音楽は、気がそがれて困ることに気がついた。
仕事が思うように進まず、遊んでばかりいる。
さて、どうしようかと思っていたのだけど、
その前に、私としては、お客さまに迷惑になるような、
音楽はかけないように、もちろん最初から、
取捨選択はしているつもりだ、と、思っているのだけれども、
結局は、一日店に居る自分の好きなものに越したことは無い、
と、決めたのだけど、ヘンドリックスやレイジを一日聞けるわけも無く、
ディランやジョンはかけるときもあるにしても、
骨董屋には向かないかもしれないと、何時からか思うようになった。

JAZZは中学生ぐらいから聞いてはいたので、
なじみはあったし、何より、ロマンチックで、当たり障りが無いのがいい。
ヴォーカルジャズとか、チックコリアとか。ビリーホリデーなんか最高だ。
中上健次の「破壊せよとアイラーは言った」を読んで、
アルバート・アイラーのCDを買って、これ見よがしにかけてみたけれど、
誰も反応しないし、何より、現代音楽というか、
既成の音楽に、NOを叩きつける音は、素養がないと、
何がなんだか分からないし、ただ壊れているだけだ。
モーツァルトを知らない人に、サリエリの音楽の卑屈さをとくような、
唐文学を知らない人に、芥川龍之介のパクリを説明する徒労に似ていると思った。
別に説明したくも無いけれど。

音楽なんて自分が楽しければいいじゃん!と思えるようになるまで、
長い時間がかかった気がする。
そして、かけているのがヴォーカルジャズやピアノ、ギタージャズだけど、
それは何でかというと、気をそがれない上に、
繰り返しに耐えうる音楽であるということに尽きる。


ずっと考えてきたんだけど、
問題は、

「繰り返しに耐える物」

と、言うことだった。

音楽でも、小説でも、器でも、映画でも、家具でも、
お風呂でも、車でも、酒でも、花でも、天気でも、
仏像でも、ベットでも、体でも、海でも、風でも、山でも、
言葉でも、空気でも、政治でも、歯磨きでも、人間でも、
森羅万象何でもいいけれど、
それを説明できる言葉を捜しているんだけれど、
そう、見つかるもんじゃない。

「繰り返しに耐えうる物」

その中で、骨董というのは、ひとつの答えのような気がして、
こうしてかかわっているんだけれど、
繰り返しに耐えうるものはどうしたって、
本物でしかありえないんじゃないかなぁ、
と、言う気がしないでもない。

ダヴィンチや、シェイクスピアがそうである様に。


とりあえず、また。






骨董屋になる方法

出来れば古物の免許を取った方が良いとは思うけれど
無くても、名刺に「古物商 何のだれそれ」とでも書いてあれば
今日からあなたも古物商には、回りが認めなくても
初めて会う人は信じる程度にはなれるかも知れない。
私は、詩人、画家、音楽家、物書きの自己申告は
絶対に認めないが、その他の職業の自己申告を
認めることにやぶさかではない。

「何で若いのに骨董屋になったんですか?」と
聞かれることが多々あって、大して若くない私は
「若くないですよ!もう加齢臭バリバリです」と
バリバリの使い方を間違えながら、見当違いの答えをして
長くなりそうで、そうでもない話を、はぐらかすことにしているが
何故?と問われて思いっきり短く言うと、タイミングがそうだったからである。

古い物が好きじゃなければ、この仕事は続かないので
今から思えば小さい頃から古い物は好きだったように思う。
小学一年生のときに買ってもらった
アンモナイトの化石は今でも大事にとってあるし、
中学生の頃のカバンには仏像の似顔絵?をかいて
調子に乗ってウロウロして罰当たりに当たったりしてたし
ギターを弾くようになってからは
50年~70年代に製作された、オールドと言われる
ギターやアンプに憧れたりしていた。
もう少し大人になると、時計やカメラなんかにも憧れたが
到底高くて買えなかった。
剣道をしていたこともあってか、武具にも興味はあったが
家に鎧があるのって、俺は地主か!とか思ったりしながら
おみやげの模造刀を振り回して
筋肉痛になったりしていた。

考えてみると結構好きだったのかもしれない。
今は好きかと聞かれると
単純に好きとか、嫌いという次元を超えてしまっている
感じがするので、「ハイ スキデス」などと
間髪を入れずへらへら答えているときは
面倒くさいか、心ここにあらずの時である。

ここに来てタイトルを思い出したのだが
「骨董屋になる方法」に決まった方法は無い。
やっぱり自己申告か、な。
今は店が無くてもネットがあるし。
どんな仕事でも同じだと思うけれど
やっぱり始めてからが大変でしょう。
それで食えなきゃプロとは呼ばれないだろうし。
遺産でもあれば別だろうけど、そういう人って
どんな世界でも回りから認められているって話
聞いたことが無い。

一人前になるのは何だって大変だろうけれど
骨董屋って先が長くて、上が高くて気が重くなるときがある。
一段一段時間がかかっても
登っていければいいけど、登ったつもりが
滑ってるだけってのは結構ありそうで笑い事じゃない。
骨董屋は50歳過ぎてやっとお兄ちゃんらしい。
さしずめ私は生まれたばかりのひよこぐらいなもんか。
今後そのひよこぶりを遺憾なく発揮して
生意気だと言われないようにしたいものである。

あっ でも自己申告の肩書きの人って
やっぱりそーとーくだらない人多いんだよなぁ。
そういう人の詩でも絵でも何でも
そーとーお寒いもんなぁ

お後が全然よろしくない・・・









プロフィール

ISHINN

Author:ISHINN
骨董・アンティーク 
       ISHINN (イシン)

981-0934
宮城県仙台市青葉区新坂町 
               4-8

TEL&FAX 
        022-718-1757
     

Cellular phone

          090-2988-8273

open 11:00~19:00
   
日曜、祝日は17:00までです。


定休 月曜日

今の所昼間の配達や仕入れ等で
閉めることが度々あります。ご確認ください。

その他買出しなどのためお休みする場合があります。

電話、メールにて確認
されたほうが
良いかと思います。

mail.....
      ishinn99@gmail.com


営業許可免許
宮城県公安委員会許可 
古物 美術品商第221040000806号
           菊地 健治

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えっこんな物も?っていう物も買取しております。
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