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今日はこれにて。

びっくりしました。もう二週間もたっていたんですね、前回の更新から。
そんなに立った気がしない。毎日何やってるんだろう・・・

前回は途中のような感じになってしまいました。
かといって今回がまとまるかとう言うとそうではないです。
あちらこちらに飛ぶと思いますがお許しください。

こういう仕事をしていると
遺品の整理に立ち会うことが間々あります。
ようやく街場も解体が進み始め、買出しの仕事が多いです。
手付かずにしておいたご両親のお宅とか
何年も(ご両親のどちらかがもう施設などに入られて戻ってくる見込みが無い・・・)
そのままにして置いたお宅などや、お子様達のところに行く方や
やめてしまう店舗の方や・・・
余り生生しいのが無いのがありがたいのですが。

経験の中の一部を言いますと
仏壇の前でそれこそ残された兄弟達が(もういいお年寄りですよ・・)
アレは家が持っていく、これはやれない、骨董屋さんこれはいくらだ
いくらだいくらだいくらだいくらだお金なら分けられるのか
お金にならないのなら誰が持っていく彼が持っていく・・・
そんな現場に居合わせたこともあります。

思い出とかじゃなかったのがちょっとつらかった。。。。

片付けなきゃいけない気持ちもわかりますし
時間が無いのもわかる。
ゆっくり片付けられれば良いんでしょうけれど・・・・

あんまり時間をかけて整理されると私たち骨董屋には不利なんです。
思い出とかじゃなく良い物を残す、と思われると。
誰にだって本当に良い物はわかるものです。
こんなことはしょっちゅうなんですが、
汗だくで電気の無い蔵から、懐中電灯で荷物を運び出す。
そしてこれはダメ、これもダメ、これはとっておく・・・・と、蔵主が言う。
古いものが残っていけば良いのでしょうがないなぁと思いますが
遠くまでいって。。多少凹みますが。
でも良いんです。思いでもあるだろうし、
何でもいいからもっていってって言われるのもなんかつらい。
誠実なお支払いはしますが。。。。。。。
わがままですかね~・・・・・
商売なんで多少の利益がないと困りますし・・・・

何でこんな感じにふわ~っとしてるかと言うと
今日実家の多賀城に行ったんです。
そしてふと、気になってた
昔もらったメダルやたてはどこに行ったの?と言う話をしたんです。
そのメダルは、私が続けてた剣道で優勝した時の物や
父親の自衛隊時代のスキーの30キロラン優勝や柔剣道や
なんやかんや色々思いの有るものだったので
相当数があったのですが
母親が涙ぐみながら
「震災後家をボランティア方々と片付けているとき
間違って捨てられてしまった。大事に洗って箱に入れてよけておいたんだけど。。
すぐに2階に上げればよかった。捨てるなって箱に書いて置けばよかった。」
と。夢にまで見たとこぼすんです。
母にもボランティアの方にも悪気なんて一ミリも無いことなんです。
あの時全部を把握することなんて不可能でしたから。

私はすっとあきらめました。
しょうがない、と。
まぶたには浮かべることが出来ますから。

物を持たずに生活するのは良いと思います。
ホームレスみたいに必要な物だけ持っていれば良いでしょう。
でもこんな言葉に表せにくい気持ちは一生味わうことは無いでしょう。

今色々な物を無くされた方がいっぱいいらっしゃいます。
その方々の思いを聞くたびに、そのもの(物、物質。者、人間。もの、気持ち)
がいかに人の気持ちに寄り添ってきていたのかが解かります。

出来れば物は残して欲しい。
思いがあればなおさら。
東北は相当多くのものを失った。
歴史、見た目、そして思い。

何にもまとまりませんでしたが(予想通り)
今日はこれにて・・・










よくはわからないことです。否定的ではなく。

今日震災後久しぶりに顔を合わせたお客様がきました。
震災前は買う買わないかにかわらず2日に一度は来ていた方です。
なかなかなキャラクターの持ち主で
いつかその面白語録を紹介したいとさえ思っていました。
はげ散らかした60過ぎのおじさんで、昔から骨董を買っている人で
まぁ仙台市内の昔から古いものを扱っている業者には有名な方です(いろんな意味でね)

そのはげが(仲良しなんですよ、一応)、いや、その方が言っていたのが
「もう骨董とかいいわ。欲しい気持ちが無くなった・・」と。

3.11の時に相当収集してきた物が壊れたみたいで。
箪笥や木の物が好きな方ですが
明治時代のランプや時計、もちろん伊万里やその他の食器類なども
相当壊れたような話をしておりました。

そこで気持ちが折れたのはすごく解かるんです。
物を所持することにどれだけの意味があるのかと考えざるを得ない。
好きだけど、今までのようには。。もちろん年齢もあると思いますが・・・
あんなに熱心な方がと思うと寂しい気持ちになりますが。。。

震災後は、考え方が変わってきたように思います。
単純にシンプルに暮らすことが良く、物を持たない生活が良いとか
放射能のためにいつでも海外移住できるようにするとか
現実的に差し迫った問題があると思います。

でも私には物を持つことがとても大切に思えます。

そこに、ある気持ちをもらえること。
それがなんともいえない前を向く気持ち、明るさ、楽しさになること。

自分が好きで欲しいと思って買ったもの。
所持している物。

思いでも、気持ちも、自分の人生さえも楽しく語れる物。

だんしゃり?漢字にも変換したくないですが
そんなことはくそ食らえです。

ただ私自身がそうなので
物を所持している、心強さのような、楽しさやら安心感やら、ふわ~とした愛情みたいなものは
どうしても、あきらめきれないし、捨てずにいくと思います。

暖炉の前で亡くなった奥様の思い出の物をひざに乗せて
うつらうつらしている・・・
そんなイメージが好きです。
奥さんが先になくなっているというのがなんですが(私は奥さんより先に死ぬつもりです。)

物語は自分自身で紡いでいくしかありません。
自分の人生は自分で紡いでいくしかない。
その中に歴史と言うか、骨董は関わってくると思っています。
古いものを見ていく中で新しい物が見えてくると思います。
えらそーなことはいえませんが。


ちょっと今日は次にします。寝ます。ねむい~。



前野さんをめぐる・・・・

「+R」は5日からです。
お時間のある方はぜひ。
ゆったりとした空気がいいなぁと思います。
なんなんでしょうかね、イベントなのに。
ISHINNの品物はそちらに行っている率高いです。
店に大事な物を隠すタイプではありません。が、
説明しなければならないような、難しい品物は
店に残してあります。
仏像や古い焼き物などですが。
興味のある方はぜひお店に、と言いたいところが。。。。。

ISHINNはちょっとした???事故があり
店舗は営業してんだかしてないんだかの状況になりつつあります。
工事が必要になるかもしれませんので、
お店に行きたいな~などと無謀なお考えをされて居る方がおられましたら、
連絡をいただければと思います。
来られても、工事のおっちゃんに邪魔にされたりして・・・
そんなわけ無いですが、ちょっとどのようになるか今は分かりません。

そして、がっちり飛びますが、
前野久美子さんの著書『ブックカフェのある街』の
感想?書評?読後感?を「マゼラン」の洋平君がしたためておりました。
自分も出てるくせにめんどくせ~言い方しか出来ねー野郎だなぁと思いつつ
さすが、と感じる文章なので皆さんに読んでいただきたいなぁと。
書評の本筋はこちらでしょうね。
気を使ってる感が最後にはありますが(笑)
でも、これを読むことによって、
『ブックカフェのある街』を読みたくなること請け合いです。
まぁめんどくさい言い方ですが、川の下りは本質を捉えているんではないでしょうか。

コピペですがぜひ最後までお付き合いください。


二部構成のうち前半は、「火星の庭」のこれまでが、開業前の道のりも含めて赤裸々に(!?)綴られています。
そして、その過程でひとつのアイディアが結晶します。店=街という定式です。
印象深い一節を引用します。旅先で出会ったブックカフェ「globe」を糸口に、お店と街の関係を鮮明に浮き立たせています。

「「globeの空気、それはプラハの街と切り離せないものだ。プラハの時間の流れ、人の暮らし、街の景色がglobeのなかに流れている。カフェはカフェだけでは成り立たず、いつも街の空気を留めては満杯になったら、少しずつ外(海)ヘ注ぎ出している川のようなもの。カフェを営む人は、川を見守る岸辺の番人。通行人や船で渡る人のお世話をする。川は少しずつ変化をし、一生懸命お世話をしても街が荒んできたら川も汚れる。もしかして、水が涸れてしまうかもしれない。街と川は共同体なのだから」。

注目すべきは、店も街も、同じ水流、つまり水分子の群れだという指摘です。
お店は、街に浮かぶ島ではないのです。そうきっぱり境界を引けるわけがありません。ましてや、無闇に両者のヒエラルキーは認められません。
ところが、大上段な都市計画や大手のマーケティングは、この境界線を前提に、場を設計してしまいます。いうまでもなく、それでは抽象的たらざるをえません。
いっぽう前野さんにとって、そうした粗雑な境界線など問題外です。彼女は、矢継早に多様な分子(人、店、街)と接触しては、多様に群れ(旅、井戸端会議、イベント)を形成し続けます。境界線は、その持続の果ておのずと齎されるより他ありません。街も店も人も、彼女にとってはみな同じ。論理階梯を踏み越え(踏み外し?)短絡しながら、次々と接続してゆきます。
本書には、その軌跡がそのまま彼女の半生として書き留められています。
だとすれば、本書じたいがその軌跡の最前線にあたります。それは、仙台文庫を立ち上げたライター大泉さんとのカップリングは云うに及ばず、本書の後半に一挙に噴出します。

後半は、前野さんにこれまで接触した人や店、そして街がどっと召喚され、驚くほど無造作に盛られています。新興のブックショップや出版社。地元の近代史を発掘する郷土史家。それから、地元在住作家が開く読書会の風景。なかには、地元書店員が嗜む漫画まで。ほとんど支離滅裂です。
しかし、この纏まりを欠いた分子どうしのはざまこそ、前野さんの本領、ひた走るフィールドだったはずです。つまり、本書は、この多様さをとおして、彼女の活動をパフォーマティブに反復しているのです。

本書が体現するのは、前野さんに出会った人や店、そして街が接続、短絡し続けるプロセスそのものです。ただし、それは必ずしも彼女の個性にのみ由来するわけではありません。無論、前野さんが存在しなければ、ここに記された軌跡も残されることはなかったに違いありません。しかし、このプロセスじたいは、ふだん意識せずとも、誰しも暮らしのなかで避けようもなく経験している、生の条件そのもののはずです。
あらためて、そこから周りを見直し、プロセスを多様に開くこと。本書は、しきりに読者をそう促して已みません。

もちろん、収録記事はどれも独立に楽しめます。
とりわけ、前野さんの、転職と移住を繰り返す半生はハチャメチャ掛け値なしに面白いです(ご本人には失敬!)。それに、早坂信子さんによる只野真葛の紹介も貴重。
ぜひお手にとってご覧下さい。よかったらお買い求め頂けるとなお嬉しいです!」

水分子ってなんだ?とか、パフォーマティブ?
ヒエラルキー???とかは関係ないです!!!
・・・・・
体現するのはプロセスそのものです。生の条件だからな。
楽しいっすよね。言葉にしても、言葉じゃなくても。

そうっすね!ぜひお買い求めください。と
宣伝も忘れないところが素敵過ぎる。失敬!






前野久美子 編・著「ブックカフェのある街」発売!!

前野久美子 編・著「ブックカフェのある街」がいよいよ発売されます。

内容はコチラ

「ブックカフェのある街」前野久美子 編著

【 第一部 ブックカフェの小さなドア 前野久美子 】

 ・火星の庭物語
 ・私が出会ったブックカフェ

【 第二部 街と人と本と 】

1 街のなかの本の風景

 <いろいろなブックカフェ>
  書本&cafe magellan(マゼラン)・高熊洋平 (♢)
  stock(ストック) gallery & atelier・吉岡英夫(♢)
 <本をつくる人に会う>
  圭書房・留守晴夫    (♤)
  アトリエ葉・岡田とも子 (♧)
  仙臺文化・渡邊慎也    (♧)
 <夜の文学散歩> 案内人/佐伯一麦

2 街のなかの本の記憶

  文学のかけらを探して、まち歩き 文/西大立目祥子
  仙台を通過した作家「岩野泡鳴」 漫画/佐藤純子
  江戸時代の仙臺を生きた
  只野真葛という女(ひと)     文/早坂信子
  俳人・佐藤鬼房と塩竈      文/関根かな

コラム 
 『尾形亀之助』『菅原克己』『古山高麗雄』 文/荻原魚雷

(♢)…インタビュアー・文/大泉浩一
(♤)…インタビュアー・文/高熊洋平
(♧)…インタビュアー・文/前野久美子

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は24日、「+R」の店番をたまたましていて
ケンさんが持ってきてくれた一番乗りを購入させていただき
その日のうちに読み終わり
なんだか楽しい気持ちで、嬉しい気持ちで
このブログを真夜中に書いて居ます。

面白い本です。
掛け値なしに。
まぁ私が知っている方の本だから
身近に感じられるということもあるかもしれませんが
そんなことは抜きに。
前半の前野さんのブックカフェに至るまでの珍道中は
色々な(古本屋以外でも)お店を始めるまでの読み物として読めますし、
これだけでもう一冊かけるだろうなぁという感じ。
イベントに飲み込まれていく様は人柄その通り。
やっぱり何にも考えていないで出発してんのね・・・(書かれていることが
全てではないのですよ、文章は。などと言ってみます。)
ドイツや他の国を巡った、てんやわんやブックカフェ巡りのくだりなどは
須賀敦子の「コルシア書店の仲間たち」を思い起こさせる。
人との出会いや、その時の空気、感情、思い。
その国のブックカフェの空気を感じられる。
その国の人々や空気感も。異国旅話として楽しめる。
そして前野さんはナチュラルに生きてきた人なんだろうなぁと思う。
感じ方がとても自然で、偽りが無い。
色々なことが在ったと思うけれど、嫌な気持ちになることを吐露していない。
そしてかの国の季節や空気感が、夕日を感じるように
季節を感じるように、自然に言葉になっていると思った。
本人は「覚えていることに驚いた」みたいなことを言っているけれど
そのようなことはセンシティブな人にしか感じられない。
センシティブに私も含める。けど。恐れながら・・・・・

そして後半は色々な人々のインタビューや
文章で構成されていますが、
全て「仙台」と言う街で統一されており
インタビューも書き物も、評論、対談、鼎談好きの私は
面白く、楽しく読ませていただきました。

そして「+R」でも販売しております。
決して宣伝ではありませんが、宣伝です。
だってみんなに読んで欲しい本があるんだもん。

そんなことなかなか無いです。

「+R」で買って欲しいというわけではありません。
どこかで出会い、「あっ。この本・・」と
思い出していただいたら、買って読んで欲しいなぁと
思うし、読んで損は無いと思うので言っているだけです。
同じような本はあるかもしれません。
内容も上を見ればきりがないでしょう。
でも、同じ街に住み、生活し、新しい何かを生み出そうとしている。
そんな人の文章を、読んでいつでも逢いにいける・・・
そんな恵まれたことは仙台ではなかなか難しいでしょう。

前野さんはまだまだ全てを言ってはいません。
物書きとしては及第点です。
ある作家は「銀座の交差点で裸になることが出来るのが作家だ」(うる覚えですが)
といいました。それに比べるとですが。
そんなことしたくは無いかもしれないし
作家ににはなりたくないでしょうけど、
精一杯の前野久美子の裸がこの本にはあります。
それが楽しめないわけ無いでしょ。

火星の庭ホームページ






感謝!ドンスタ!

毎週行ってる音楽スタジオ

ドンスタ」のブログで

ブログをさっぱり更新していない「ブロカントギャルリーsendai]の告知をして頂いた。

ありがたい!

いつもいつも、
ドンスタドンちゃん、奥様、ヒロシ氏奥様、スタッフ皆様の心遣いに頭が下がります。


そして、BUT-SCREAM面々のお疲れモード
せつない画像は「コチラ


s-IMG_5113.jpg

素敵な素敵なブロカントポスター


昨日最終ミーティングが終わり、
後は本番まで、猫まっしぐら。






プロフィール

ISHINN

Author:ISHINN
骨董・アンティーク 
       ISHINN (イシン)

981-0934
宮城県仙台市青葉区新坂町 
               4-8

TEL&FAX 
        022-718-1757
     

Cellular phone

          090-2988-8273

open 11:00~19:00
   
日曜、祝日は17:00までです。


定休 月曜日

今の所昼間の配達や仕入れ等で
閉めることが度々あります。ご確認ください。

その他買出しなどのためお休みする場合があります。

電話、メールにて確認
されたほうが
良いかと思います。

mail.....
      ishinn99@gmail.com


営業許可免許
宮城県公安委員会許可 
古物 美術品商第221040000806号
           菊地 健治

古い物の買取もしております。
えっこんな物も?っていう物も買取しております。
まずは捨てる前にご連絡ください。

リンクフリーです。
否定的なものもお構いなしです。

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